新たなる文学至上主義宣言!
漱石と賢治、賢治と安吾、安吾と漱石が非連続に連続する場所で倫理的、政治的、美的課題を思考する。
美的イデオロギーにまみれていたはずの「日本近代文学」は、今でも変わらずそのイデオロギー性を有効に機能させているのだろうか。…本論のタイトルが含意するのは、文学が形を変えて今でも保持し続けている「権能」とそのからくりを明るみに出すことである。(「本文」より)
序章 漱石・賢治・安吾の系譜
第1章
夏目漱石と同時代言説
1『平凡』をめぐる冒険 『門』論
2<浪漫趣味>の地平 『彼岸過迄』論
3『こゝろ』における抑圧の構造
4漱石と「大逆」事件論争の行方
第2章
病と死の修辞学
1<痔>の記号学 夏目漱石『明暗』論
2夢の修辞学 宮沢賢治「ガドルフの百合」論
3<クラムボン>再考 宮沢賢治「やまなし」論
4ばらまかれた身体 モダニズム文学と身体表象
第3章
詩と散文のあいだ
1南方オリエンタリズムへの抵抗
2ファシズムと文学T 坂口安吾「真珠」の両義性
3ファシズムと文学U 「十二月八日」作品群をめぐって
4「雨ニモマケズ」のパロディ 坂口安吾「肝臓先生」の戦略
5六〇年代詩の帰趨 天沢退二郎論
終章文学のフラット化に向けて
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